はじめに
みなさん、シンチャオ/こんにちは。本日もベトナムから竹内です。
今回はWHOヨーガ・ガイドライン解説シリーズ第7弾、ヨーガの特徴となります。前回ヨーガの歴史と発展について確認してきました。ヨーガはインド伝統文化の中で発展を遂げ、現在世界中のすべての人々に対して包括的な健康を向上するためのセルフケア・メソッドとして注目されています。そんなヨーガを最大限に活用するために、今回はその特徴をしっかりと押さえていきましょう。
第1章 概要
- 1.1 ヨーガ入門
- 1.2 ヨーガの定義
- 1.3 ヨーガの歴史と発展
- 1.4 ヨーガの特徴
- 1.5 伝統的なヨーガの流派/系統
- 1.6 ヨーガに関する伝統的なテキスト
- 1.7 文化的影響
- 1.8 ヨーガの健康効果
- 1.9 ヨーガに関する誤解と事実
ヨーガは現代心理学と密接に関連する
ヨーガのサイエンスと哲学は、人間の意識の構造と機能に関連している。 この点で、現代心理学と密接に結びついている。
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これまでのWHOヨーガ・ガイドブックを通じて、ヨーガの中心的なテーマは『心』であることが分かりました。ヨーガを通じて人間の心/意識の構造とその働きを探究していきます。
ハタ・ヨーガは身体技法を取り入れていますが、そのインド的サイエンスは、現代の解剖生理学や心身相関理論とも整合性があります。また、ヨーガ哲学は人の心や意識そのものに焦点を当て、現代心理学とも密接に関連しています。ヨーガや心理学を通じて、自分の心の構造と機能を理解し、継続的なヨーガの実践に勤めることで、自分が目指す方向に心を向けることができます。
ただし、最終的なヨーガの目的は自己実現であり、この文脈における自己実現は心を超越することで達成されると考えられています。この点においてヨーガは現代的心理学にプラスした哲学的コンセプトや微細なサイエンスが含まれます。
コンピュータのメカニズムと人の認知機能
様々なヨーガの実践の作用は、以下のように理解することができる:
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- コンピュータ言語の「基本入出力システム」
- 現代医学の神経系における「感覚-運動」と「ネットワーキング」活動
ここでは、コンピューターのメカニズムと人間の認知機能が類似していることが述べられています。コンピューターは外部デバイスを介して入力を受け取り、その結果を再び外部デバイスを通じて出力します。同様に、人間の脳も外部からの刺激を感知し(入力)、その情報を処理して思考や行動を生み出します(出力)。具体的には、感覚器官を通じて入力が行われ、運動器官を通じて出力が行われます。これについてはヨーガ哲学と深く関連するサーンキャ哲学等において詳細が語られています。
人の心/意識のヨーガ的視点と心理学
ヨーガは「エネルギー」(シャクティ)の概念と、このエネルギー(10)が(人間の)「意識」に働きかける3つの様式を提示している。
(10)「 Tvam Shakti Trayatmakah. Iccha Shakti, Kriya Shakti, Jnana Shakti Om」 (a) 不随意運動や自律神経の機能や反応をつかさどるエネルギーや神経インパルス(クリヤー・シャクティ)、(b)自発的な行動として現れる思考や意思決定をつかさどるエネルギーや神経インパルス(イッチャー・シャクティ)、 (c) 知識を受け取り、知識を得るためのエネルギーや神経インパルスであり、意識、立脚点、知恵、意識状態(ジュニャーナ・シャクティ)を生み出すことができる。
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ここではヒンドゥー教文化およびヨーガ的視点から、人の心/意識の3つの様式/能力が説明されています。この3つは各エネルギー/シャクティのコンセプトとして表現されており、それぞれ「イッチャー・シャクティ」、 「ジュニャーナ・シャクティ」、および「クリヤー・シャクティ」と呼ばれます。
- イッチャー・シャクティ (欲望、意志力) :イッチャー・シャクティは、個人の欲望、意志力などを表します。これは私たちの行動の原動力なります。
- ジュニャーナ・シャクティ (知識の力):ジュニャーナ・シャクティは知識と理解の力を指し、個人が自己を理解し、真実を知るための力として捉えられます。
- クリヤー・シャクティ(行動の力):クリヤー・シャクティは、個人が目標を達成するために行動する力を指します。人は何かを成すとき意志力や知識を基に、具体的な行動に移すことが必要です。また不随意運動や自律神経の機能、神経インパルスなどはクリヤー・シャクティの一部とされています。
ヨーガをはじめ精神的な実践、哲学的な探求は、これらの3つの力/側面を調和させ、内面のポテンシャルを最大限に引き出すことが期待されます。
一方認知心理学でも、人間の内面を「認知」「行動」「感情」の要素に分けて、それぞれがどのように影響し合っているかを捉えます。このようにヨーガと現代心理学には類似点が多く見られます。(「身体」を加えて4つに分類する場合もある)
健康的なライフスタイルのプロセス
ヨーガは、人生のプロセスであり、達成すべきゴール/目標である。
ヨーガは、食べ物やその他の「入力/インプット」(Ahara/アーハーラ)、休息(Nidra/ニドラー)、自分の恐れやコンプレックスへの対処(Bhaya/バヤ)、 感覚器官への耽溺傾向(Maithuna/マイトゥナ)、レクリエーション(vihara/ヴィハーラ)、行為と振る舞い(Achara/アーチャーラ)、思考(ヴィチャーラ)、行動(Vyavahara/ヴィヤヴァハーラ)など、人間の生活の様々な側面が熟考されたライフスタイルであると考えることができる。
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ここではヨーガの包括する範囲が定義されています。ヨーガは単なるエクササイズではなく、人生そのものであり、同時にそのゴールでもあります。インドでは「ヨーガのためにヨーガをする」とも言われます。
ヨーガは健康的な生活のプロセスで、食事の取り方、休息の取り方、恐れへの対処法、欲求との付き合い方、レクリエーション、自分の行動や立ち振る舞い、考え方、与えられた環境と調和の取れた行動など、あらゆる側面について思慮深く、自覚を持って行動することがヨーガ的なライフスタイルであると述べられています。ちなみに上記のコンセプトは、インドの伝統文献である『ヒトーパデーシャ』や『バガヴァッド・ギーター』などに見ることができます。
またヨーガの中庸のコンセプトは極端な偏りから離れ、調和を追求する考え方です。例えば食事に関してもバランスの良い食生活を提唱しており、食べ過ぎも、極端に食べないことも推奨していません。このようなバランスの取れた食生活はサンスクリット語でユクタ・アーハーラ(ユクターハーラ)やミタ・アーハーラ(ミターハーラ)と呼ばれます。同様に、過眠/寝不足、過剰労働/怠惰などあらゆる生活の側面のバランスを意識することが強調されます。
これら全てを満遍なく意識することで、人生のバランスをとり、生活の質(QOL)を向上します。そしてその延長線上にある究極のヨーガのゴール/目標を目指すのです。
個人の変容を助け自己の内省とともに調和をもたらす
これは手順ベースのシステムであり、心理的、神経的、筋肉的、腺的なコンディショニング/条件付けの解除と再コンディショニング/再条件付けに役立ち、外向的な心や注意散漫な心が内側に向かうのを助ける。
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先ほどはライフスタイルについての言及がありましたが、今度は自分の心を内省することについて焦点が当てられています。ヨーガを正しい手順で継続的に実践することで、過去の経験やストレスによって形成された心理的なパターンや習慣、神経系、筋肉、腺(内分泌腺)などの反応に対して新しいパターンを導入するができると言われます。
例えば、私たちは怒りの感情を感じたときに、声を荒げて相手を責めてしまうかもしれません。しかしその時に起こる自分の心の反応や身体の感覚を感じ、自覚すること、また様々な技法の実践を通じて、徐々にその強度や態度に変容が起こっていきます。これによって、私たち一人一人がより健康で調和のとれた状態に向かって進むことができるのです。
すべての人の健康とウェルネス向上を目指す
伝統的なヨーガのテキストは、ヨーガは若い人から、年配の方、非常に高齢の方、病気の方や弱い方まで適しており、学び、実践することができると述べています。 大人のヨーガ行者は、様々な人生経験の中で、伝統的なヨーガの精妙なメッセージを理解することができます。一方で子供たちは、適切な教師の監督のもとで、指導を受ける必要がある(Hatha Yoga Pradipika [HYP]: 1.64)。
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ヨーガは若い女性の美容のためのものというイメージが強調されることがあります。しかしハタ・ヨーガの伝統文献として最も重要な『ハタ・ヨーガ・プラディーピカー』という文献に、「若者、高齢者、超高齢者、病人、弱者もヨーガを怠たるとなく実践することで成果が出られる」と述べられています。このようにヨーガはすべての人の健康とウェルネスを向上するために貢献します。そのために多種多様な実践があり、私たちはその中からその時の自分に必要なものを選択することができます。
低次の「自己」から高次の「自己」への旅路
ヨーガは、物質的または世俗的な生活に関心を持つ低次の「自己」から、超越的な実在の実現に関心を持つ高次の「自己」への旅である。 ヨーガの実践は、さまざまな能力や能力の働きを理解し、高次の自己に到達するために、感情、思考、意志、意思決定、行動、知識を調整することの重要性を理解する助けとなる。
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ヨーガは、物質的で感覚的な欲求に焦点を当てる低次の自己から、自己成長への知識を求める高次の自己への変容の旅であると言われています。この旅路においては食欲、性欲、睡眠欲といった部類の欲求から、自分を高めていきたい、そのためにもっと自分を知りたいという知識欲への変化があると言われています。
またヨーガの実践は、感情、思考、意志、意思決定、行動、知識など、多岐にわたる能力を理解し、これらの要素の調和とバランスを取ることの重要性を強調しています。これは現代的心理学と同じ方向を向いています。
人間の普遍性の理解へ
ヨーガは対人関係の健全性を高め、個性を統合して普遍性に到達し理解する。
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ヨーガの実践を通じて自己を理解することは、相手を理解する手助けとなります。このようなヨーガの実践は自己の限定的な枠組みを越え、人間の普遍的な理解やつながりに到達するのを手助けします。異なる文化や価値観を尊重し、共通の人間性を認識することで、国際的な理解と協力の架け橋となることが期待されています。
そのために全世界共通のヨーガ実習であるヨーガ・プロトコールや、職場用のヨーガ実習プロトコールであるY-Breakなどがインド政府Ayush省からリリースされ、現在はWHOと共に全世界で共通のプラットフォームを用いてヨーガを実践する枠組みが構築されてきています。国際ヨーガ・デーもその象徴で、毎年6月21日にはインド国内はもちろん世界中で共通の45分のヨーガ・セッション(Common Yoga Protocol/ヨーガ・プロトコール)が実習されています。
人生のあらゆる側面で調和をもたらす
身体と心、人間と自然の調和を確立する。
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ヨーガは人間のあらゆるレベルにおいて調和をもたらします。体の生理的な機能である自律神経やホルモンバランスはもちろん、心身一如と言われるような身体と心の一体性を強調し、また人間と自然の調和を追求します。
ヒンドゥー教文化やハタ・ヨーガの伝統文献には、「私たちの身体の内側にあるものは、外側/自然界に存在する。また、身体の外側にあるものは、内側に存在する。」と述べられています。自然界には太陽と月があり、同様に私たちの内側にも陰陽の要素が存在します。本来人は、自然のリズムに従って太陽と共に活動し、月と共に休息するリズムがあります。しかし、生活習慣やストレスからこのリズムが乱れ、それは自律神経の乱れとして現れます。ヨーガの実践により、自律神経のバランスや心身の調和、さらには自然との調和を取り戻し、本来の均衡状態に戻ることを目指します。
生命エネルギーを調整しホメオスタシスを向上する
生命エネルギーを調整し、体内のエネルギーの流れを高める。
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ヨーガでは生命エネルギーのことをプラーナと呼びます。そして心臓の収縮と拡張、血管内の血流、吸気と呼気、食物の消化、毒素の排泄、脳の働きなど、すべての器官機能はこの生命エネルギー/プラーナによって調節されていると考えます。ヨーガには呼吸を操作するプラーナーヤーマという実習がありますが、これは吸う息と吐く息の深さやリズムを調整しながら、自律神経やホルモンのバランスを整え、免疫力を高めるヨーガ実習の一つです。これはホメオスタシス/自然治癒力の向上を意味し、心身に活力を与えます。
おわりに
さて、本日はヨーガの特徴について見ていきました。
ヨーガは「心」をメインテーマするインド哲学の一つの体系で現代心理学と密接に関連します。私たちの一つ一つの「行動」にも、感情、思考など様々な心の構造や機能が関わります。例えば健康的なライフスタイルの行動化には、心の欲求や知識が必須となります。このようにヨーガは心を中心とした人生のプロセスであり、目標/ゴールなのです。
ヨーガ実習は一人一人が自分の心を内省するのを助け、自分自身を低次の「自己」から高次の「自己」へと成長させていく旅路ともいえます。また自分の心の理解は、相手の理解につながり、対人関係へも良い影響を与えます。より多くの人がヨーガを実習することで、この範囲はさらに拡大し家族、地域、社会、世界へと広がっていくでしょう。ヨーガは人間の普遍性を探究する道であり、ヨーガを通じて異なる文化や価値観を尊重し、共通の人間性を認識することで、国際的な理解と協力の架け橋ともなります。ヨーガを通じて生きる力/ホメオスタシスを高め、心身を統合し、自分の周囲の環境や自然と調和をとった究極の健康に向けて、ぜひ一つ一つ歩みを進めていきましょう。
次回は伝統的なヨーガの流派/系統に焦点を当て、インド伝統文化であるヨーガを垣間見ていきましょう。