はじめに
みなさん、シンチャオ/こんにちは。今日もベトナムから竹内です。ベトナムの尼僧院内へ滞在場所が移り、新たな生活が始まっています。
今回はWHOヨーガ・ガイドライン解説シリーズ第6弾、ヨーガの歴史と発展の後半となります。前半では主にヨーガの起源について確認していきました。後半はヨーガの発展について見ていきます。
第1章 概要
- 1.1 ヨーガ入門
- 1.2 ヨーガの定義
- 1.3 ヨーガの歴史と発展
- 1.4 ヨーガの特徴
- 1.5 伝統的なヨーガの流派/系統
- 1.6 ヨーガに関する伝統的なテキスト
- 1.7 文化的影響
- 1.8 ヨーガの健康効果
- 1.9 ヨーガに関する誤解と事実
ヨーガの根拠となる伝統文献
この時期のヨーガの実践と関連文献に関する主な情報源は以下の通りです。4つのヴェーダ、108のウパニシャッド、2つの叙事詩(マハーバーラタとラーマーヤナ)、18のプラーナ、そして数多くのスムルティと仏教、ジャイナ教、パーニニ(文法学者)の教えなどである。
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ヨーガの描写は多種多様な伝統文献に見ることができます。またそれらの時系列を辿ることで、ヨーガの発展/展開をみることができます。
ヨーガの一般的な時代区分に、上記の伝統文献を分類すると以下のようになります。また後半で扱う後古典期、近世/近代についても追記してあります。
- 前ヴェーダ期:ヨーガの起源(インダス文明遺跡の考古学的起源や神話的起源)
- ヴェーダ期:ヴェーダ
- 前古典期:ウパニシャッド、叙事詩、プラーナ、スムルティ、仏教、ジャイナ教、パーニニ
- 古典期:ヨーガ・スートラ
- 後古典期:ヴェーダーンタ学派、バクティ・ヨーガ、ハタ・ヨーガ
- 近世/近代:1893年万国宗教会議(ヴィヴェーカーナンダによるスピーチ)
表1. ヨーガの一般的な時代区分
古典期
暫定的に紀元前500年から紀元後800年(1300年)の間が古典期と考えられている。ヨーガの歴史と発展において、最も創造性に富み発展が顕著な時代であったからである。 この時期に『ヨーガ・スートラ』や『バガヴァッド・ギーター』などに関するヴィヤーサの注釈書が登場した。 この時期はインドの2人の偉大な宗教的指導者マハーヴィーラとブッダが特出している。 マハーヴィーラによるパンチャ・マハーヴラタ(五大誓願)とブッダによるアシュタ・マルガ(八正道)の概念は、ヨーガの初期の性質とみなすことができる。
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ここでは上記表1.における前古典期、古典期がまとめて説明してあります。この時期にはインドのグプタ朝時代(320-550年頃)が含まれ、インド文学、哲学、宗教、美術が繁栄しインド古典文化の黄金時代とも呼ばれます。この時期に賢者ヴィヤーサにより『ヨーガ・スートラ』や『バガヴァッド・ギーター』についての注釈書が書かれました。またヴィヤーサは『ヴェーダ』を4つに編纂し、『ブラフマ・スートラ』やプラーナ文献の著者とみなされるなどインド史上偉大な功績を残した人物です。(著書や注釈書については諸説あり)
また仏教の実践法であるアシュタ・マルガ(八正道)や瞑想、ジャイナ教の戒律(ヤマ)のコンセプトがヨーガ・スートラの編纂へも影響を与えたと考えらえています。
これらのコンセプトのより明確な説明は 、『バガヴァッド・ギーター』の中に、ジュニャーナ・ヨーガ、バクティ・ヨーガ、カルマ・ヨーガのコンセプトとして示されている。 これらの3種類のヨーガは、現在でも人間の知恵の最高の例であり、今日でも人々は ギーターに示された方法に従うことで平安を見出している。
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『バガヴァッド・ギーター』はインドの叙事詩であり、ヨーガの主要文献と見なされています。この中には異なるヨーガの定義やコンセプトが表現されており、以下のような要素が含まれています。
知識のヨーガを意味するジュニャーナ・ヨーガ、献身のヨーガであるバクティ・ヨーガ、そして行為のヨーガであるカルマ・ヨーガについて、詳細な説明がなされています。また、同時に、瞑想のヨーガであるディヤーナ・ヨーガへも焦点が当てられ、これに関連して適切なライフスタイルの重要性も言及されています。
後古典期(ヴェーダーンタ学派、バクティ・ヨーガ、ハタ・ヨーガ)
西暦800年から1700年までの900年間は、後古典期として認識されている。
アーディ・シャンカラーチャーリヤ、ラーマーヌジャチャーリヤ、マドゥヴァーチャーリヤ、スーラダース、トゥルシーダーサ、プランダルダーサ、ミーラーバーイといった偉大なアーチャーリヤがこの時代に大きな貢献をした。
マーチェーンドラナータ、ゴーラクシャナータ、チャーランギーナータ、スヴァートマーラーマ・シュリー、ゲーランダ、シュリーニヴァーサ・バッタなどのハタ伝統のナータ・ヨーギーは、ハタ・ヨーガの修行法を普及させた偉大な人物達である。
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後古典期には、ヴェーダーンタ学派、バクティ・ヨーガ、そしてハタ・ヨーガの繁栄が特筆されます。
ヴェーダーンタ学派(ジュニャーナ・ヨーガ):
ヴェーダーンタ学派における最も著名な学者は、8世紀に活躍したアドヴァイタ・ヴェーダーンタ(不二一元論)を提唱したアーディ・シャンカラーチャーリヤ(ケララ州出身)です。またラーマーヌジャチャーリヤ(タミルナドゥ):ヴィシスタ・アドヴァイタ・ヴェーダーンタ{制限(非限定的)・不二一元論}、そしてマドゥヴァーチャーリヤ:ドヴァイタ・ヴェーダーンタ(二元論)が各分派の代表として挙げられます。これらの学者は、それぞれ異なる哲学的視点からヴェーダーンタ学派を発展させ、ヒンドゥー哲学の理解において重要な位置を占めています。
バクティ・ヨーガ:
クリシュナへの愛を唄う盲目の詩人として知られるスーラダース、『ラーマーヤーナ』を民衆も読めるようアワディー語に翻訳したトゥルシーダーサ、カルナータカ音楽の先駆者でもありクリシュナ神への愛を唄うプランダラ・ダーサ、様々な伝説も残るクリシュナ神へ人生を捧げたラージャスターン州の王女ミーラーバーイなどの名前がここに挙がっています。
ハタ・ヨーガ:
ナータ派の主要人物の名が列挙されています。シヴァ神から教えを受けナータ派の創設者と見なされているマーチェーンドラナータ、『ゴーラクシャ・シャタカ』等の著者であるゴーラクシャナータ、ナヴァナータ(9人のナータ)の一人であるチャーランギーナータ、『ハタ・ヨーガ・プラディーピカー』の著者シュリー・スヴァートマーラーマ、『ゲーランダ・サンヒター』に登場し、同時に著者とみなされることもあるシュリー・ゲーランダ、『ハタ・ラトナーヴァリー』の著者シュリーニヴァーサ・バッタの名前が列挙されています。
近世/近代期
西暦1700年から1900年までの200年間は近世/近代期と考えられている。 近代には、ラマナ・マハーリシ、ラーマクリシュナ・パラマハンサ、パラマハンサ・ヨーガーナンダ、スヴァーミー・ヴィヴェーカーナンダといった偉大なヨーガ・アーチャーリアがラージャ・ヨーガの発展に貢献しました。 この時期はヴェーダーンタ、バクティ・ヨーガ、ナータ・ヨーガ、ハタ・ヨーガも繁栄した時期である。
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この中でも1893年のシカゴ万国宗教会議でのスヴァーミー・ヴィヴェーカーナンダによる演説は、インド発祥のヨーガが世界へ普及する先駆けとなる歴史的な出来事と捉えられています。スヴァーミー・ヴィヴェーカーナンダによる解説により、パタンジャリの『ヨーガ・スートラ』が「ラージャ・ヨーガ」と認識されるようになりました。また南インドの聖者ラマナ・マハーリシ、スーワーミー・ヴィヴェーカーナンダのグルとしても有名なラーマクリシュナ・パラマハンサ、クリヤー・ヨーガを欧米へ普及したパラマハンサ・ヨーガーナンダらの名前が上がっています。
『ゴーラクシャ・シャタカ』のシャダーンガ・ヨーガ、『ハタ・ヨーガ・プラディーピカー』のチャトラーンガ・ヨーガ、『ゲーランダ・サンヒター』のサプタンガ・ヨーガがハタ・ヨーガの主要な教義であった。 現代では、ヨーガの実践は健康の維持・増進に役立つと人々は強く確信している。
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シャダーンガ・ヨーガとは6階梯のヨーガ、チャトラーンガ・ヨーガとは4階梯のヨーガ、サプタンガ・ヨーガは7階梯のヨーガであり、それぞれのハタ・テキストにヨーガの実践が系統的に示されています。ハタ・ヨーガは、身体的なポーズ(アーサナ)、呼吸法(プラーナーヤーマ)、浄化法(シャット・カルマ)、および瞑想(ディヤーナ)などの身体技法を含むヨーガの一派です。これらの実践は、現代社会で最も広く受け入れられているヨーガの形態の一つとなります。
ヨーガはスヴァーミー・シヴァーナンダ、シュリー・T・クリシュナマチャーリヤ、スヴァーミー・クヴァラヤーナンダ、シュリー・ヨーゲーンドラ、スヴァーミー・ラーマ、シュリー・オーロビンドー、マハリシ・マヘーシュ・ヨーギー、アーチャーリヤ・ラジニーシ、パタビー・ジョイス、B.K.S.アイアンガー、スヴァーミー・サティヤーナンダ・サラスヴァティーのような偉大な人物の教えによって世界中に広まった。
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上記のヨーガ・グルの指導者たちのもとで、ヨーガの流派や系統、そしてスクールは一層多様性を増し、各組織、団体、機関、スクールが独自の発展を遂げてきました。この時代からスヴァーミー・クヴァラヤーナンダ等によりハタ・ヨーガの効果が科学的に証明されるようになり、これはヨーガのホリスティックな健康への効果が一般社会へも認識される契機となりました。
しかし一方でヨーガがインド国内外へ普及する中で誤解や事故も目立つようになりました。そこで2008年にインド初のヨーガの民間自主規制団体/業界団体であるインドヨーガ協会(Indian Yoga Association)が発足しました。初代会長にはアイアンガー・ヨーガの創設者であるB.K.S.アイアンガー氏(1918-2014)が就任しています。これにより、各機関やスクールが団結して、今後の更なるヨーガの普及と発展に向けて協力して取り組みを進めています。
多様な流派/系統/スクールと究極の目的と目標
このようなヨーガのさまざまな哲学、伝統、系統、グル・シシュヤ・パランパラは、ジャニャーナ・ヨーガ、バクティ・ヨーガ、カルマ・ヨーガ、ディヤーナ・ヨーガ、パータンジャラ・ヨーガ、クンダリニー・ヨーガ、ハタ・ヨーガ、マントラ・ヨーガ、ラヤ・ヨーガ、ラージャ・ヨーガ、ジャイナ・ヨーガ、バウッダ・ヨーガなどさまざまな伝統的流派/系統を生み出した。それぞれの流派/系統には、ヨーガの究極の目的と目標につながる原理と実践がある。
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このように歴史を辿っていくと、インドの伝統文化の中で継承されてきた多様なヨーガの流派/系統、修行法が見られます。ただここで重要なのは、どんな流派/系統のヨーガであっても、その最終的な目的と目標は同じであるということです。ただ私たち一人一人に個性があるように、その実践法/修行法は多岐に渡ります。
一般的に実践されるヨーガ実習(Common Yoga Protocol)
しかし、広く実践されているヨーガのサーダナ(修行)は、ヤマ、ニヤマ、アーサナ、プラーナーヤーマ、プラティヤーハーラ、ダーラナー、ディヤーナ(瞑想)、サマーディ、サンヤマ、バンダ、ムドラー、シャットカルマ、ユクタ・アーハーラ、ユクタ・カルマ、マントラ・ジャパなどである。
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ヨーガには多様な流派/系統があるものの、現代社会のどの宗教文化に属していても普遍的に実践できる方法として、上記のような基本となるヨーガ実習体系が示されています。この内容の詳細はこちらのWHOヨーガ・ガイドライン及びインド政府Ayush省傘下の国立ヨーガ研究所から2015年に出版されている『Common Yoga Protocol/ヨーガ・プロトコール』で確認することができます。
筆者によるYouTubeチャンネルでも紹介していますので、ぜひご確認ください。
多様な色彩を持つヨーガ・サーダナは、有意義な人生と生活のための万能薬と考えられている。 個人的にも社会的にもホリスティックな健康を志向はするヨーガは、あらゆる宗教、人種、国籍の人々にとって価値ある実践法である。世界中で何百万人もの人々がヨーガの実践から恩恵を受けている。
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インドの伝統文化に根付くヨーガは、宗教、人種、国籍を超えて世界中のすべての人々に対して包括的な健康を向上するためのセルフケア・メソッドとして注目されています。多様性に富むヨーガ実習は、単なる身体的な健康だけでなく、生活の質(QOL)を向上する潜在的な可能性を秘めた妙薬でもあります。
おわりに
しかしどんな万能薬も、服用方法を誤れば毒にもなります。ヨーガの恩恵を最大限に受けるためには、正しい理解と安全な利用が不可欠です。次回はヨーガの特徴に焦点を当て、ヨーガの基礎を正しく理解するための内容を探求していきましょう。